今日の柔術いい話 ホベルト・サトシ

今日の柔術いい話は、先日のDEEP-X06で凄まじいムーブを見せて圧勝したホベルト・サトシ選手のインタビューを紹介したいと思います。

http://www.graciemag.com/en/2010/10/find-out-about-roberto-satoshi-making-waves-in-japanese-jiu-jitsu/


この勝利は海外のサイトでも大きく紹介され、いよいよその名が広く知れ渡ってきた感じです。


思えばサトシ選手の周辺では、既にその実力は非常に高く評価されていましたが、今年のムンジアル茶帯の部において、あの茶帯三羽烏の一人であるザック・マックスウェルを下して優勝した事は、世界中の柔術ファンの間で、かつてのライアン・ホールやハファエル・メンデスのようにサトシ選手が注目すべきファイターである事を不動の事実にしたと言って良いのではないでしょうか。

柔術新聞

そういう意味でサトシ選手にとって今年は、飛躍の年だったのではと思います。

そしてミーハーな僕もその流れにのって(笑)、これからちゃんとチェックしないといけないと思うようになりました。


DEEP-Xへの参戦について聞かせて下さい。

「神様のおかげで、僕のDEEP-Xへの参戦は完璧なものとなったよ。僕は全試合2分以内で1本勝ちする事ができたんだ。アジア・オープンのためにハードな練習をしてきたし、そのペースを落とさないようにしたので、全て上手く行ったんだ。」


あなたの一族について教えて下さい。どうして日本に行こうと思ったのですか?

「僕達のファミリーは、父親であり我らが師であるアジウソン・アントニオ・デ・ソウザによって柔術から始まったんだよ。5人兄弟で、マウリシオ・ダイ・ソウザ、マルコス・ヨシオ・デ・ソウザ(マルキーニョス)、クリスチァン・ユカリ・デ・ソウザは全員黒帯さ。僕が茶帯で、一番下のムリーロは黄色帯なんだ。

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戦わないのはお母さんだけだよ。けどお母さんは警察官でね、だから柔術を使っても対処できない事が起こったらお母さんを呼ぶよ(笑)!!

ブラジルでは、僕達は本当に強いチームを持っていた。けど僕達はたくさんの大会に出場したかったし、現在多くのチャンピオンシップはブラジルの外で開催されているだろ。だからスポンサーシップの欠如で、海外の大会に出場する事が難しい場合がでてきたんだ。2006年のムンジアルで優勝した後、僕は2年間ムンジアルに出場できなかった。ムンジアルがアメリカに行ってしまったからね。経済的な援助をしてくれるスポンサーが全然居無かったんだ。けど今は、神様のおかげで日本に居る事が出来て、柔術を教えて生計を立てる事が出来ている。ブルテリアとDRAGAOの援助のおかげで2009年と2010年のムンジアルに出場する事ができ、優勝したんだ。」


日本の柔術はどうですか?進化し続けて、近い将来、強い黒帯選手が出るようになると感じていますか?

「日本には、非常にテクニカルで良い選手が青・紫・茶帯にたくさん居るんだ。けどみんながみんな海外で試合しようとしている訳じゃないんだ。僕はこの2年の間に、今まで知られていなかった驚くような黒帯選手が登場すると思っているよ。それに現在も日本の選手は既にパンナムやムンジアルで、多くの強い選手を驚かせるような活躍をしているよ。」


あなたの柔術での目標は何ですか?日本の外で試合する予定はありますか?

「今の僕の目標は、パン選手権とヨーロピアン選手権だよ。二つともまだ参戦した事が無いんだ。僕はいつもその辺りの時期は、試合勘を鈍らせないように大会に出場しているし、ムンジアルとアブダビ・プロはいつも出場しているからね。来年は、その二つの大会に加えて、もっとたくさんの大会に出場するつもりだよ。」


将来の目標は?それとMMAの試合をするつもりはありますか?

「柔術を教える事を続けたいし、その仕事への理解をもっと深めたい。そして良いファイターであり続けたいんだ。

日本のMMA団体からのオファーはいくつかあるよ。今はまだ何も分からないけど、まあそのうちやる事になるんじゃないかな・・・。けど今は、ムンジアルの黒帯の部で優勝する事が最大の目標だよ。僕は様々な困難を克服しながら、青でも紫でも茶でも、ムンジアルで優勝してきた。けど今は黒帯の部の優勝、これが俺の全てだよ。僕は100%柔術人間なんだ(笑)。」


最後に何か言いたい事はありますか?

「僕を支えてくれてきた人、僕にインスピレーションをくれた人、僕の幸運を祈るメッセージをくれた人全員に感謝したい。本当に嬉しいよ。みんな最高で、僕の元気の素さ!!みんなありがとう!!」


なんというか、インタビュアーの質問が、日本の柔術界や選手ってあまり知られてないのかなと心配になっちゃうような内容でしたが、サトシ選手の発言は非常に興味深いものでした。


ソウザ一族の、簡単ですが略歴とか分かって有意義でしたし、サトシ選手の柔術に対する謙虚な人柄も伝わってきて嬉しいです。

グッドなルックスに、物凄い実力、家族の事情を抱えながらも乱れなかった精神力、そして試合における礼儀正しさ、その様を目の当たりにした観客から「この人悪い所あるのか?」という声すら上がっていたサトシ選手、これからの活躍に期待したいですね。

今日の柔術いい話 ヒリオン・グレイシー

柔術に関する良いインタビューや良い話を、適当に選んで紹介していく新シリーズを始めてみようと思います!

第一回目の今日は、ヒリオン・グレイシーのインタビューです。

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ヒリオンは黒帯6段、カーロス・グレイシーSrの末っ子で、ホジャー・グレイシーのお母さんであるヘイラさんのすぐ下の弟さんであり、カーロス&エリオの両グランドマスターから「プロフェッサー」の称号を許されている、柔術の達人です。

また日本においてもヒリオン・グレイシージャパン支部が活動しており、その名が知られていますね。

http://hp.tcup.jp/rilion/

プロフェッサー・ヒリオンはガードの名手として伝説的な存在です。

http://www.youtube.com/watch?v=amuojsHyJ44

僕もプロフェッサー・ヒリオンの試合を多く見た事ある訳ではありませんが、残っている(プロフェッサー・ヒリオンの高弟ホムロ・ヘイス選手の)動画を見てみると、フレキシブルながらも堅固なガードから、特にハイガードにするでもなく、グイっと腰を切る訳でもなく、そのままの姿勢で普通に十字を極めてて凄いです・・・。なんか股関節から直接足を動かしているというか・・・。良く見ると他の部位の姿勢をあまり変えずに、足の付け根だけが異様な動きをしてます・・・。コブリンヤもこういう風に足の付け根から直接動かしてた覚えがあります。恐ろしいですね。


そんなプロフェッサー・ヒリオンが去年行ったインタビューをご紹介します。

http://www.graciemag.com/en/2010/09/9686/

インタビュー記事に対して「ヴェウドゥム&アンデウソンの勝利によってガードからの攻撃に対する周囲の評価が高まった今こそ振り返りたいインタビュ-」みたいなグレイシーマガジンの煽りが付いてますが(笑)、別にそういうの関係無く、おそらくガチガチのクローズド一辺倒であった昔のガードから、より相手を動かせながらコントロールする今日のガードに至るガード哲学の変遷が伺えて、非常に興味深いです。


~ヒクソンはいつも、あなたがファミリーの中でもベストのガードを持っていると言っています。どうすれば良いガードができるんですか?~

「ガードというのはいつだって、二人の人間の戦いの場において、60キロの人間が120キロの人間に対して筋力の差を補い、その上ビックリさせる事ができるというように、差がある二人の戦力を均衡させる事ができる救いの道なんだよ。

25歳で黒帯を取得した時、私は59キロだった。そして私は常に勝利への意思を持ち、ファミリーの柔術がセルフディフェンスの芸術である事を理解しながらも、相手を極めるという側面を持っている事も忘れなかった。

同じように今日では、体力不足を補いながらも素晴らしいガードを見せる痩せた選手がたくさん居るだろう?私もそうだったんだ。ガードとは、肉体の弱さを助けてくれるものなんだ。」


~どうやって自身のゲームプランを深めていったんですか?~

「ホーウス、カリーニョス、ヒクソン、クローリンといった私がお手本としてきた人達によって導かれた結果、私はいわゆるまるっきりのガード、私が興味を持たないような、相手を引っ掴んで自分の身を固く守る事以外は何もしないというようなガードではなく、本当に良いガードというものを、誰に対してもしなくてはいけないという事を学んだ。

けど私の頭を最初に・・・ちなみに青帯の時だね・・・支配していた考えは、もし私があらゆる技術を、手足を総動員しても、ガードにおいて相手と戦力を均衡させる事ができなかったら、パスされて殺されてしまう・・・、だから3倍の力を使って、私の胸に乗って首や耳を押しつぶしてくる相手の重さを上回らなければならない、という考え方だった。私の最初の考えは、負けないためのものだったんだ。」


~次のステージはいかがでしたか?~

「紫帯の時は、私は既に本物のフレキシブルさを身に付けていて、ちょっとした大会などでは、パスできないガードとして評判だったよ。

しかし、上の人間が疲れ切って動きが止まり、その結果私の三角絞めに掛かったり、私がバックを取ったりするような場面が増えてきた。これが私が辿り着いた次のステージで、茶帯の時に更にこれを深めていったんだ。

攻撃的なガードにディフェンシブさを調和させて、たくさんの試合でバックアタックやスイープ、ガードからのサブミッションとミックスしていったんだ。まさにこの時が、私の柔術が全ての面において上達し始めた時だと言える。

なぜなら私は相手の上を取り始めるようになったので、そういう良い状況やポジションを最大限に活かす必要が出てきたんだ。最近、私は下よりも上が上手なんじゃないかと思うんだよ。私は上から攻めるのが好きだった。フェンスを飛び越えて相手を攻撃するのが目的だったんだ。」


~相手をガードの罠に陥れる秘訣は何なのですか?~

「ある種のガードにおいては、君は相手の袖を掴んで、腕を締め上げる、しかしこれだと君もそれ以上何も出来ないで、見苦しい戦いになってしまう。また別の種類のガードは、君は相手に少しだけ隙を作ってあげる、相手はパスできそうだと思い力を使って一生懸命パスしようとする、しかしパスできないという代物だ。僕はこっちの、つまりちょっと隙を作って相手にパスを仕掛けさせて、で力を使わせて疲れさせて、その上で色々な罠にはめてガードで仕留めるという方面の技術に特化したんだ。なぜなら、私は疲れない人間なんていないと思っているからね。例え世界最高に仕上がった選手だって、正しい技術の前にはそれなりの対応を迫られ、いつか必ず疲れるものだ。

誰にだって限界はある、そして相手をその限界に押し込める方法を見付けるのは君次第という事だよ。」

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~一番好きなガードは何ですか?~

「まず私にとって柔術とは、容易で、効果的なものだ。これは道場に来たどんな人にだって上手く教えることができるための秘訣でもあるんだよ。そうでなければ、誰も来なくなってしまうだろうね。

私は相手に対して、少なくとも私の戦い方として正しいガードを取るように気を付ける。そして相手にずっとサブミッションを受ける事の心配をさせ、タップの恐怖と戦わせるんだ。たとえ相手が正しい防御法を知っていたとしても、相手は恐れで疲弊する。そして相手がミスした時には、もうやられているという訳さ。

相手が優れていれば優れているほど、相手をより心配させないといけない。

私ももちろん時々ハーフガードだって使う。しかし相手が本当に優れていると、例えスイープに成功したとしてもその相手は下からまだ抵抗を続けて勝利を狙ってくるよね。だからある選手がスイープする、すると相手がスイープし返す、現在試合においてよく見る場面だ。もちろんガードを取るときには、その目的をはっきりさせておかなくてはいけない。もしポイントの為にスイープする目的なら、それで何の問題もない。けど私はね、相手にスイープの心配ばかりさせておくのでは満足できないんだ。ずっとサブミッションの恐怖に陥れておくべきなんだよ。」


~嫌いなガードはありますか?~

「私は全てのポジションを尊重しているよ。もし全然種類の違う10人の生徒にあるテクニックを教えるとなると、

どんな生徒にだって得意と不得意があるからね。柔術は無限の芸術だ。背の短い人間が足の長い人間と同じ戦い方をする必要は無いんだ。それがマスター達が「このガードは良い、あのガードは悪い」と盲目的に決め付けなかった理由さ。秘訣はそれぞれのポジションの良い所・悪い所を理解して、あれはダメだなどと傲慢に非難しない事だよ。現在、ガードの達人になりたかったら1つのガードに精通しているだけではダメだ。いつか障害に突き当たった時の為に別の道も用意して置かなくてはならないんだ。」


~現在トレーニングする際の、あなたのチャレンジとは何ですか?~

「以前よりもエネルギー消費量を減らして、貯めておく事だね。私は技術的にも経験値的にも進歩している。けど私は15歳のヒリオン君ではないんだ。もちろん私は自分の年齢を心地良く思ってはいるよ。そして35歳のヒリオン・グレイシーは25歳のヒリオン・グレイシーをコテンパンにやっつけることができるだろうとも思う。けど現在45歳の私というのは、以前ほどの回復力は無いからね。昔はガンガン練習して、スパーの20本30本だってラクにできたけどね。肉体的に衰え始めているのは自分でも分かっている。しかしそれと同時に、より精緻な機微というものを身に付ける事ができるんだ。たとえば、相手の心を読む事ができるような心の繊細さを深め始めるんだ。

相手がこちらのフックを外そうとしてくる直前に、それをブロックできたりするようになる。これは柔術とは何であるか、という事を示しているんだよ。繊細さや、柔術という芸術に対する正しい精神的な繋がりがなければ、勝利とはあくまでコンディションによる勝利、耐久力による勝利であり、いつまでも荒いままで、見苦しいスタイルになってしまうんだ。」


~あなたのお兄さんであるホーウス・グレイシーは、古風な柔術と現代柔術の橋渡しをしたとみなされていますが、それはガード技術においてもそうだったんでしょうか?~

「疑いなく、ね。柔術がホーウスの手の中に納まった時、本来50年かかる進歩が10年に縮められたんだ。彼はフォルックスワーゲンビートルをフェラーリにしてしまったんだよ。そしてそれを私達に譲ってくれたんだ。もちろんホイールやヘッドライトも付けてくれてね。ガードというものを、相手の動きを待っているようなディフェンシブなものから、攻撃方法の宝庫であるポジションに移行させてくれたのはホーウスなんだ。彼は本当にオープンかつダイナミックな精神を持っていた。常に生徒に注意を配っていて、彼らから話を聞いたり、新しいポジションを見たりするのが好きだったんだ。今こそ彼をスポットライトに当たる場所に連れて来て、お願いだから良いポジションを教えてくださいって頼まなきゃいけないようだ。あるべき姿を作ったのはホーウスなんだ。私にとって、カリーニョス、クローリン、ヒクソン、そしてファミリー以外のたくさんのホーウスの生徒達、それが柔術の黄金時代なんだよ。

私は彼らの中の一人の、タラリコと呼ばれていた足の短い選手の練習を見て、ガードについてたくさんの事を学んだよ。」

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