未来を見続ける柔術戦士・・・加古拓渡選手


今年は愛知県で2回の開催をさせて頂いた柔術新聞杯。

その2大会ともにポスターモデルとなって頂いたのは、ご存知加古拓渡選手です。

愛知県から世界に飛び立った、日本を代表する柔術家。今年は数々の苦難に遭いながらも、自力でチャンスを勝ち取り、ムンジアルへの情熱を燃やし続ける加古選手に、近況を聞きました。

日本の世界戦略をひっぱり続けてきた頭脳は、相変わらず自己憐憫など入る隙間もない客観的な視点で、状況を把握していました。

IBJJFパンパシフィック選手権優勝おめでとうございます
加古拓渡選手
「ありがとうございます。勝てたことにホッとしています」

いつ頃から出場しようと決めていたのですか?
加古選手「7月か8月に、大会の情報を初めて見た時から考えていました。実際にエントリーしたのは9月に入ってからです」

ポイント獲得のために、激戦区を避けたことを表明されていましたが、そういう部分は気にされますか?
加古選手「本来は自分の階級で勝負するべきだと思います。カテゴリー変更の締め切り日まで、その点に対しての葛藤がありました。勝てたから良かったですが、仮に負けていたらまだモヤモヤしていたかもしれません」

個人的な意見ですが、ムンジアルは出れたら出るものというより、死んでも出るという部類の大会だと思うので、加古選手の姿勢は全くおかしなものでは無いと思うのですが、いかがでしょうか?
加古選手「世界選手権に出るに値するレベル≒ポイントを獲得している選手のみが出れるというのが本来の姿だと思います。もしかしたら、自分はもうそのレベルに達していないのかもしれませんが、どうしてももう一度挑戦したくて、確実にポイントが獲得出来るカテゴリーにエントリーしました。賛否両論あって当然だと思っています」

今年は愛知県含む中部地方で、IBJJFと共通なルールの大会が多く開催されたと思うのですが、その辺りはいかがお考えでしょうか
加古選手「良いことだと思います。いくつかの連盟のルールの大会があっても良いとは思うのですが、IBJJFルールの大会がほとんど無いという状況では良くないと思いますので」


今年のムンジアルを振り返ってみて、ヒアゴ・ジョージとの1戦はいかがでしたか?

加古選手「事前にいくつか試合動画を見たイメージ通りではあったのですが、序盤レッグドラッグに来るのを50/50で捕まえる作戦だったのですが、先に潰されてしまいました。脚を流してきた瞬間(よし、イメージ通りだ、ここで50/50にして…)とか一瞬考えてしまった分、僕のセットアップが遅れてしまいました」
「ヒアゴの作りも速かったですし、プレッシャーも想像以上に強かったです。序盤で畳み掛けられてポイントをかなり取られてしまったので、中盤以降は流された感じです。かなり実力差を感じました」

今年のムンジアル、印象に残ったことはありましたでしょうか?
加古選手「今年のムンジアルは、足関節の攻防が以前よりも多かったように感じました。マイキー・ムスメシのストレート・フットロックを有効に使ったゲームプランが印象に残っています」
「あとは、数年前に比べて、進行がかなり分かりやすくなって、選手としてはやり易く感じました。」

今年は疾病にも苦しまれていました。現在の調子はいかがですか?
加古選手「7月の終わりに蜂窩織炎にかかって、思いのほか長引いてしまい、練習復帰までに1ヶ月近くかかり、その後も1ヶ月ぐらいなかなか腫れが消えない状態でした。現在は治って普通に練習出来ているのですが、再発することが多いと聞いているので、まだちょっと心配です」

今後の予定を教えて下さい
加古選手「年内にあと2〜3大会出る予定です」

話は変わりますが、例えば現在柔術をやっていて、黒帯になってムンジアル出たい、もしくは優勝したい!と思っている若い選手達は、ひそかにいると思うのです。そういうガチやる気の選手達は、具体的にどういう道を進むのが良いと加古選手はお考えになりますか?
加古選手「国内の環境で世界チャンピオンになるのは不可能ということではないのですが、可能性として、より確率が上がるのは、やはりアメリカに移住して柔術だけの生活を送ることのように思います」

「それとは別に、国内だけの練習で世界チャンピオンになる選手が現れれば、日本のレベルも1ランク上がると思います。どちらの可能性にも期待しつつ、僕は自分の中での挑戦を続けたいと思います」