胸にはいつも、試合ができる喜びを・・・関根秀樹選手インタビュー


「いまの日本で誰が一番柔術強いのか」という問い。

人によって答えは異なるでしょうが、多くの人が名を挙げるであろう関根秀樹選手。

JBJJF全日本選手権を完全制覇し、国内黒帯の頂点に立ったその後も関根選手は前進を止めず、あらゆる場所を転戦し続けているのはみなさんもご存じのとおり。

畳に立ち続ける最強の男、そこにはどのような想いが込められているのでしょうか。

なぜこの大会に出て頂けたのでしょうか
関根秀樹「柔術新聞で紹介されるテクニックに強く影響されて育ってきましたので、柔術新聞チルドレンという自負があるからです」

関根選手は昨年、格闘技に専念する選択をされました。練習等以前に比べていかがですか?
関根「練習は充実しています。今までは睡眠時間を犠牲にして練習をしていましたが、睡眠時間を確保できるようになり、疲労感が激減しています。必然的により強度の高い練習が出来るようになりましたね」

現在の練習環境を教えて下さい
関根「警察を辞める前は平均週3回以下。辞めてからは週6回。1日の練習時間は一時間半。
その他に朝と夕にボクシングをやっています」

所属されているボンサイ柔術ですが、マルキーニョス先生ってやっぱりめちゃくちゃ強いんですか?
関根「マルキーニョスの強さは測り知れません。普段はサトシとスパーリングをしていますが、マルキーニョスと自分はスパーリングにならないほどの差があります」
「普段は私が良い動きが出来るようにコントロールしてくれますが、彼が本気になると手も足もでないです」

ボンサイ柔術で、注目している選手はいますか?
「MMAの選手ですが、パンクラスに出場している鈴木琢仁選手ですね。MMAでボンサイ柔術を体現している選手です」

昨年はJBJJF全日本選手権の黒帯無差別王者となり、名実共に柔術日本一となりました。このタイトルを獲った事で、ご自身の中で変わった部分はありますでしょうか。
「全日本を獲ったということは、自分が負ければ日本柔術が負けるということです。絶対に負けられない理由を背負うことができました」

今大会ではどんな試合を見せたいですか?
「どんな柔術になるかは相手次第です。自分はまだ狙ってスタイルをつくることができるレベルではありません。相手に応じて柔軟にスタイルが変えていけるのが自分の強みだと思います。対戦相手と良い試合が出来ればそれが一番ですね」

関根選手の今年の予定を教えて下さい
「4月に柔術新聞杯、ジャパニーズナショナルへ出場します。5月、6月は巌流島、そしてムンジアル。7月は全日本選手権、8月は全日本マスターオープン。9月はアジアオープンとADCC本戦です。
10月以降はまだ未定ですね」


ADCC予選では、同じくADCC常連で、現在は闘病生活を送る平尾悠人選手の事をずっと気にかけていましたね

「自分は平尾くんと試合をしたことはありません。しかし彼のムーブは自分の理想の動きなので試合場でもYouTubeでも良く観ていました。前回のADCCでは一緒にブラジルに行き、大会後もボンサイ本部に行って一緒に練習をしたりソウザファミリーとシェハスコを食べたりしています」
「その仲間である平尾くんが、ADCCトライアルに挑戦できずに闘病している最中に『自分は出られないけど頑張ってください』とメールをくれました。昔、自分自身が病気で苦しんでいる時は全国の柔術家達からエールをもらいましたし、面識のない方たちが何人もお見舞いにきてもくれました。凄く感動して復帰へのモチベーションが上がりましたし、自分自身が人に優しくできるきっかけにもなりました」
「あの時の自分は貰うばかりだったのに、逆に彼は苦しい闘病中に元気な自分にエールをくれた。男として完全に負けましたね。それで思ったんです」
「自分に出来ることは、平尾くんの分まで頑張って優勝することだと。正直、捻挫が酷くて今回はダメかもしれないと思っていましたが、石にかじりつくような不細工な試合でも絶対に勝つという信念が生まれました。セコンドにも『苦しくなったら平尾さんの名前を叫んでくれ』と頼み、実際に苦しくなった時にその声に助けてもらいました。だから、試合後は真っ先に彼の入院先の病院に行って報告しました」

関根選手も、その圧倒的な強さに隠れがちですが大きな手術を受けたり、負傷を抱えての試合が多かったと思います。そういう時はどんな事を思いながら試合に、そして格闘技に臨んでいるのですか?
関根「自分本位で言わせてもらうと、大病を患い、大怪我をしたからこそ柔術が出来る幸せがわかりました。病気や怪我で苦しみ入院している時に『このまま二度と試合に出られないのかな。試合はダメでも練習はしたい。早く柔術がしたい。』と毎日思っていました。そしてこれは昔のことですが、柔術や格闘技を自分以上に愛していただろう先輩が癌により死んだことも自分を変えるきっかけになっています。人間いつ死ぬかわからない。死ななくてもいつ柔術が出来なくなるかわからない」

「だからこそ畳に立てるくせにリングに立てるくせに、立たない理由はないのです。そして開始線まで歩くことが出来れば、仮に足を捻挫して立ち技やパスガードが出来なくても、ガードも出来るし極めることも出来る。こ
れは先生であるソウザ兄弟の下、柔術全てを満遍なく研いできたからこそです。だから捻挫くらいならば何とかなると思っています」
「そしてそういう苦しい試合をモノにすれば、それが自信になり財産になるのです。また対戦相手のことを考えたら試合にエントリーしたからには少し無理をしてでも試合に出たいと思います。相手も自分との試合に向けて忙しいなか、過酷な練習を積み、決して安くはないエントリー料金を支払い、当日の予定を空け、交通費をかけて来てくれているわけですから、自分としても簡単にキャンセルするわけにはいきません」
「だからワンマッチの場合には、試合場まで行けるのならば負けてもいいから畳の上に立とうと思っています。そうやってお互い色んな障害を乗り越えて試合にこぎ着けた二人ですから試合が始まれば『嬉しい』感情しかありません」

日本の若い柔術家へアドバイスをお願いします
「とにかく柔術を好きになること。
先生、仲間を好きになること。試合に沢山出ること。年一回は海外の大会にも出ること。練習相手、試合の相手を大事にすることですね」