生田誠先生がはじめたことについて

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(photo by 梅沢隆志)

「日本の黒帯はなんで試合に出ないんだ?」

こんなセリフがある選手から出たことがありましたね。

今や大会といえば現役黒帯の百花繚乱、昨日も金古一朗選手がワールド・マスター&シニアのシニア1黒帯ライトフェザー級で準優勝するという素晴らしいニュースが入ったばかりです。

ちょっと前は、大会で黒帯の試合がたくさん成立することは稀でした。

そんな時期でも自らを奮い立たせるかのように試合に出まくり、現在に至るまでの「試合に多数出場する黒帯選手」というスタイルの礎を作って、しかも無類の強さを誇った柔術家がいます。

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(photo by 橋本欽也)

誰あろう生田誠先生です。

柔術は、特に競技者としては、試合に出ないとはじまらない部分があると思います。 今回は、日本におけるそういう姿勢の先駆者となった生田誠先生のインタビューを掲載したいと思います。

ブス「柔術をはじめたきっかけはどんな事ですか?」

生田先生「柔術はじめたきっかけは、トラスト柔術アカデミー鹿児島代表の生田堅固(兄)に勧められたのがきっかけでした。

もともと高校生の頃に空手をやっていて、打撃が絶対強いと思っていたときにUFCがあって、それでホイス・グレイシーの活躍を見て柔術をやってみたかったんですが、地方の鹿児島ではできるはずもなく、社会人になって名古屋に来てから仕事だけの生活だったときに当時福岡にいた兄がJJJというサークルで柔術をはじめて、『面白いからやってみろ』と誘われてはじめました。」

ブス「いつから柔術をされていますか?」

生田先生「1999年の後半からはじめたと記憶しています。 数ヶ月練習して、デビュー戦は2000年のコパウエストでした。」

ブス「どんな選手がお好きでしたか?」

生田先生「まずは何を置いてもグレイシーファミリーです!僕が柔術をはじめたのは彼らがいたからです。エリオ、ヒクソン、ホイラー、ホイス、などなどみんな僕の中のヒーローです!

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そして柔術はじめてしばらくして中井先生とお会いして(とは言ってもとおくから見てただけでした)めちゃくちゃ憧れました。 ヒクソンと決勝で闘ったバーリトゥードジャパンを見て憧れない日本人は居ませんでした。 実際に接してみて人間的に尊敬出来て身近に感じられたのは絶対バルボーザ先生です。 青帯から紫帯まで柔術を指導していただいた野村先生の推薦でバルボーザ先生に黒帯をいただけたことは僕にとって一生の忘れることの出来ない大切な思い出です!」

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ブス 「ご自身のスタイルについて、自分で特徴だと思う所や、気を付けている事を教えて下さい。」

生田先生「自分のスタイルはガードで耐えて耐えてポイントで勝つってスタイルです。 正直言うとあまり好きなスタイルではありません。 今まで自分のやってきた練習が、自分の得意なことを伸ばす方法だったのと、もともとあまり強い方では無かったので、生き残るためにこんなスタイルになってしまったと自分で分析しています。 おかげでガードはそれなりに強くなりました。今は苦手を克服する練習にシフトしてやっています。

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ブルテリアボンサイのマルキーニョス先生やサトシ、クレベル、関根さんたちと練習させていただいたときにサトシに『生田はなんで下しかやらない?』と言われたのが大きなきっかけでした。

有名選手のセミナーや、一緒に練習したときに質問したことや見聞きし体験したことをベースに練習方法を変えてスタイルを再構築中です。

ベーシックでオールラウンドになんでも出来てしっかり一本取れるスタイルを目指しています。」

ブス「特に記憶に残っている試合や重要な試合を教えて下さい。」

生田先生「黒帯デビュー戦のアンドレ・ガウバオン戦です。 香港の九龍柔術の北さんがチャンスをくださって実現しました。 コパ香港2、優勝賞金2000ドルの黒帯無差別トーナメントで、アンドレ・ガウバオンとエドワルド・テレスが参戦した試合の一回戦でした。」

ブス「その試合がなぜ記憶に残っているのでしょうか。」

生田先生「ガウバオン、テレスが参戦したとんでもないトーナメントでの黒帯デビューだったことが記憶に残る要因の一つです。 多分あの中で1番弱い黒帯が僕だったと思います。 どうせ負けるなら1番強い人とやりたいとお願いして、アンドレガバオン選手と一回戦で試合させていただきました。国内外で日本人以外の柔術家の方に、『香港でアンドレ・ガウバオンと試合しただろう』といまだに言われることがありますし、それも一つですね。 必死だったこともあり、運良くパスガードされなかったことも自分の自信にも繋がりましたし、アジアの柔術家のみんなに認めてもらえる大きなきっかけでもありました。本当に忘れられない試合です。」

黒帯1試合目であのアンドレ・ガウヴァオンのパスをことごとく防ぐ生田先生のガードに注目!!!

ブス「試合出場に対してこだわりはありますか?僕の記憶では、生田選手が試合に出まくっていた時期は、丁度日本人黒帯選手が試合に出ないと言われていた時期と重なっていたように思います。その辺りについては意識していましたか?」

生田先生「試合出場のこだわりはある方かもしれません。 ムンジアルで日本人柔術家の結果が奮わず、雑誌に『日本人黒帯柔術家は試合の数が足りないから世界で勝てない。』みたいなことを書かれて、まず悔しかったことが試合に多く出ることにした要因の一つでした。

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はじめに思ったのは、海外で世界トップレベルの柔術家と試合して経験積むことでしたが、経済的に無理でした。 そのときDUMAUのエジソンさんがDFCをはじめてくださって海外に行くチャンスを多く与えてくださったこと、黒帯は無料で試合させてくれるシステムを作ってくれたことも、 試合にたくさん出るきっかけになったと思います。

試合にたくさん出ること自体が日本柔術界における自分の仕事であると意識していたとは思います。

あとは、自分が試合に出ることで他の黒帯のみんなに刺激を与えて、国内でも黒帯の試合がたくさん組まれることを期待して、1人だけエントリーとかも迷わずやりました。

勝てるか勝てないかは問題ではなく、黒帯の試合が当たり前に組まれるようになる状況を作ることが、日本柔術界に必要だと感じたから僕が出来ることはやろうと思い動いていました。

今の日本柔術界の状況がゴールだとは思いませんが、こういう状況になりつつあるということに貢献出来たことは嬉しいです。

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ブラジルがそうであるように、ムンジアルで勝つよりも日本国内で勝つことの方が難しいみたいな状況を将来的に作っていけたら最高ですね。 自分のやれることはこれからもやっていきたいです。

今は病気の関係で試合出れませんが、目標である世界チャンピオンをまだ諦めていませんし、治療も練習も僕なりに頑張っています。

こんな僕がもし世界チャンピオンになったとしても、そのときはたくさんの日本人柔術家の世界チャンピオンが生まれているでしょうし、それがまた楽しみの一つですね。

1人の力ではまだまだ無理ですが、僕が僕なりに頑張ることで日本柔術界に化学反応が起きて、もっともっと素晴らしい状況になってくれること、エリオ・グレイシー先生が返してくださった柔術をまた日本でもっと根深く浸透させて、木村政彦先生のような日本人が出てきて、本当に強い柔術が日本に戻ってくれることを切に願っています。」

ブス「現在の日本柔術界において、こうした方が良いとか、こうなって欲しいとか、ご意見ありましたら是非お願いします。」

生田先生「うーん難しいですね。 こうした方が良いとかは、やってみないと正直分かりないかと思ってます。 とにかく自分が出来る事は尻込みせずにやりたいし、やれるようになりたいです。

いろんな意見があって然りですし、ただ机上の空論にするのではなく、行動してみて、周りとの連鎖反応や、それによっておきる結果を良い方向に向かって行く様にコントロール出来る人がリーダーとして必要なのかも知れませんね。

あとは義務を果たさず権利だけ主張するような風潮が変わってくれば、助け合いをもっと出来るのではと思います。って出来もしないのに偉そうにすいません。」

ブス「道場運営において気を付けている事や、モットーがありましたら教えて下さい。」

生田先生「松下幸之助さんが好きなんですが、彼の言葉に『客のよろこぶものを売るな、客のためになるものを売れ』という言葉があります。 道場もメンバーの喜ぶ事を優先するのではなく、メンバーの為になることを優先してやってるつもりです。

為になると判断すれば生徒を叱る事もあります。 柔術をやってる事で、社会や周りから認めてもらえる様になると嬉しいですね。」

ブス「ご自身のアカデミーについて教えて下さい。」

生田先生「トラスト柔術アカデミーを世界で通用する町道場にすることを目指して頑張っています。

練習が厳しくなると、メンバーの足が道場から遠ざかることもしばしばですが、厳しくやりながらも楽しんで練習してもらえる様な雰囲気作りを心がけてます。

支部も鹿児島、千葉、韓国と増えてます。 なかなか各支部同士の足並み揃えるのは難しいですが頑張っていきますので、もし良かったらトラストで柔術はじめてみてください。」

いかがでしたでしょうか。

現在は黒帯の試合目当てで会場に足を運ぶ人もいるくらい盛んとなったドゥマウ等の大会、もとはと言えば生田先生のような選手が色々なことを犠牲にしながらも出場し、黒帯としての強さを満天下に示してきたからこその隆盛だと思います。

黒帯選手が試合に出続け、その力量で人々を魅了し、トップ選手はそのままコンディションを維持してムンジアル等の海外大会に、そして技量に魅せられた僕のような柔術ファンは、また思いを新たにして練習に励む・・・。

現在国内の柔術は、こういった素晴らしい流れが出来つつありますが、そんな時こそ流れに先鞭を付け、敢然と実行してきた生田先生の功績に思いを馳せたいと思います。

生田先生、ご協力本当にありがとうございました。

生田誠先生がはじめたことについて” への2件のコメント

  1. ピンバック: 生田誠先生がはじめたことについて | ブラジリアン柔術

  2. やはり、道場生の喜ぶ顔見るだけで済ませない。為になることあれば叱ることも必要ですね。私は、数少ない女道場生です。私は、白帯だけど、4年以上続けてる・頻回に試合出場してるからでしょううが、試合数日前に、先生から腕立て何十回やらされたか分からないです。ただ、練習後、「あやめさん、○○より、こちら来て偉いね!」と言われました。厳しくした後のフォローも上手な先生かなと思います。試合は完敗でした。私が泣き言言ったら、「試合で気付いた反省点を練習で克服しましょう!それが出来たら、試合で自分の技術確かめたくなるはずです。明日から頑張っていきましょう!」との厳しくも優しい言葉でした。確かに、厳しくすると、退会する人もいるかもしれないけど、ケースによっては、必要だと思います。

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